いつの間にか12月
月日が過ぎるのは早いです。気がつけば、もう12月、紅葉狩りもしていないのに…忘年会、クリスマス(今年はクリスマスプレゼント欲しいなぁ)、お正月…その前に、年賀状、大掃除…頭痛~い。
今年は加えて、たかちゃんのディナーショー。人生初、ディナーショー・デビューです。(服がないよ~、バックがないよ~)帝国ホテルは、十数年ぶりにこの間行きました。親不孝な娘、母にランチご馳走になりました。でも、誰も帝国ホテルで結婚披露宴をする友人はいなかったので、宴会場は初めて。ドキドキです。
そして、中央流沙、楽しみ半分、心配半分。
私は宝塚が好きです。舞台やミュージカルが好きというわけではなく、宝塚の持つ独特の舞台が好きです。男役が男としてカッコよく見えるのは、宝塚が作り出した虚構の世界の中だから。娘役もまた、生身の女性ではなく、宝塚の虚構の世界で生きる女性なのです。少女漫画の絵で、男女の違いがわかるのに似ています。ですから、大げさに言えば、私にとって宝ジェンヌはフェアリーなのです。
退団してしまうと、フェアリーではなくなってしまいます。女優として活躍していく方も多いですが、一般の女優さんより、宝塚OGとしてやや応援しています。でも、基本的には、他の女優さんとあまり変わりないのです。勿論、TV画面からでも、女優としての存在感があり、印象的だけど見かけない女優さんが宝塚OGということは、多々あります。やはり、普通の女優、宝塚の夢から覚めたという感じは否めないのです。
たった一人の例外が、和央ようか。生の舞台を観たのが、退団公演一回だけ、ファンになったのは、退団後にDVDを観て。でも、その時は、「宝塚時代の和央ようかのファン」で終わるはずだったのです。
青山コンのDVDで、もはや宝塚ではないはずなのに、宝塚的要素=虚構の世界で生きるフェアリー的要素が失われていないことに驚きました。青山コンを超えることは不可能だろうと思っていたフォーラムコン、あっさり予想を裏切り、新しい和央ようかを魅せてくれました。初めての女役、茶々は、映画自体がファンタジーでもありました。CHICAGOのヴェルマは、女というものを更に突き抜けた存在で、舞台の楽しさを魅せてくれました。ディナーショー(DVD)では宝塚の楽しさに再び浸ることができました。初めてのディナーショー、とっても楽しみです。
たかちゃんは、宝塚時代とは徐々に変化しています。それでも、普通の女優とは違う、生活感という存在感とは真逆の要素に惹かれるのかもしれません。銀幕のスターといった言葉が存在していた頃には、映画女優が持っていたものなのかもしれません。その一方、宝塚の舞台は、銀幕のスターほど遠くはなく、宝塚時代同様、ファンのための和央ようかという存在も不思議です。
TVという媒体で、あまりに存在が近くなり過ぎること、怖いようで楽しみです。


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